アトピーも関係あり!?遺伝も影響しての毛深い人生~脱毛まで

幼少の頃からアトピー気味で肌が弱かったのですが、それと関連するかはわかりませんが小学生の時に他の子より毛深いことに気が付きました。
眉毛はもちろん、腕の毛も足の毛も色々なところに生えまくっていました。
母に相談したこともありましたが、母は全く毛深くないので無関心。
背中の毛も脇も気になり夏場にノースリーブなど着ようと思ったこともありません。

宇都宮育ちなので夏場は夜間冷えるので常に何か羽織っていても気になりませんので、ちょっと長めの袖のものかパーカーを持ち歩いていました。
スポーツクラブに友人と行った時は、「けいこちゃん猫みたい、背中の毛が」って言われて非常にむかつきました。
その友人はつるつるだったので。

除毛剤は肌が弱いため、ふき取るときに真っ赤に腫れるので使用できず。
機械で一気に抜くソイエのような脱毛器は毛が長いのでカットして使用するのがなかなか大変でした。
ただ薬品を塗るより肌の負担はないようだったので、学生のころは愛用していました。

ワキに関しては、TBC宇都宮店の脱毛エステも行きましたが一本一本電気を流して抜くタイプのものは効果がなく、結局その数年後に医療レーザー脱毛しました。
宇都宮は脱毛サロンもけっこう多いんですが、脱毛 宇都宮で地道に通えば毛が確実になくなる!と思い込んでいたのも、今となっては間違った知識でしたね、
毛深い私には脱毛サロンレベルの強さは何ともならかったみたいです。

それにしてもこの毛深さは遺伝なんでしょうか。両親ともに特に毛が濃いという印象はありません。
ただ、私と兄は皮膚が弱く常に皮膚科に通いステロイドで症状を抑えていました。
兄も濃いですね。
これで兄も薄かったらなぜ私だけ~と思ったかもしれませんが。
今は電気シェーバーも安価になりましたし、除毛剤も刺激が随分減りました。
青春時代にもっと今のように充実していたらオシャレも楽しめたのにと思います。

小学生のころから毛深くアンダーヘアも立派だった私の体質

私は小学5年生で初潮があるほど、人に比べて発育も早いほうでした。

小学4年生ですでにアンダーヘアが生えはじめ、
当時の仲良しのクラスメイトの自宅に何度もお泊りさせてもらっていたので、
お風呂の時間が苦痛に感じるようになりました。

多感な時期である小学生女子は間違いなく指摘をして、からかったりもします。
そういうことが予想されるので、親に隠れて、ハサミでじょきじょきとカットをしていました。

すると、カットされれば人間の体毛というのは濃くなるらしく、
パンツやブルマからはみ出たり、これがまた恥ずかしいものでした。

なので、この時期くらいから、私はカミソリや毛抜き、ハサミでアンダーヘアを少し処理していました。
この時期からできる限り早く脱毛を!・・・と、心から思っていたくらいです。

処理にも慣れてきた30代、
2人の子供を妊娠。2人共帝王切開で出産しました。

帝王切開の手術前は、看護師さんにジョリジョリとカミソリでアンダーヘアを全部剃られてしまいます。
しかし、私が出産した産院では雑に剃られてしまいます。
すると、またもや濃くなってしまいました。

優しい夫は何も言いませんが、子供たちが幼稚園や小学校に通い、
自分の時間が出来たら、まずは脱毛専門店に行き、相談したいと切実に思っています。

わき毛を笑われていた高校時代

高校時代のこと。
暑い地域の学校に通学していたので、制服は当然半そで。
一番小さいサイズの制服でも、少し余ってしまうほど、細かった私。

あまりムダ毛とかを気にしないでいた当時。
クラスの女子は、やたらとこっちを見る。
そして、腕を上げさせる動作ばかりさせる、数人の女子。

彼女たちが気にしてたのは、私の腋毛でした。
処理をするという概念が無かったので、ちょっと伸びたワキ毛に、大爆笑する彼女ら。
爆笑しているのに、「何でもない。」と言う。
なのに、ずっと笑っている。

制服のすき間をやたらと見ていたので、鈍感な私でも、さすがに気づきました。
何でもないなら、やめてほしいです。
学校は共学だったので、本当に恥ずかしい思いをしました。

そこまでして、人のワキの下を気にするのか!

その後は、ムダ毛の何もかも気になってしまったので、
バイト代でムダ毛の処理グッズをいくつも購入したのは言うまでもない。
かみそり・脱色剤・ワックス・テープ・ムース。
結構、色々と使った方だと思います。

卒業して就職した後、お給料で脱毛機を買いました。
テープやムースなどはかぶれてしまうため、最初からこっちの方が良かったかもしれません。

たまに、うっかりムダ毛処理を忘れてしまうけれど、
ストッキングを穿いたりする時や半そでを着る時期には、かなり気をつけるようになりました。
どこかで、笑われてないといいけれど・・・。

社会人になり人生初の脱毛へ。高崎でミュゼへ。

社会人になり高崎への転居をしました。
そのころちょうどミュゼの人気が絶頂であり、高崎でもミュゼがオープンしたんですね。
今もお馴染みかと思いますが、両ワキの脱毛が格安で受けられるということでここで人生初の脱毛に行ったんです。

サロン内はとても綺麗で、来店すると店員さんに出迎えられました。
そのまますぐに個室の施術室に案内され、専用の巻きタオルに着替え、施術が始まりました。
施術時間は20分ほどで、痛みもほとんどありません。
最後に保湿用のジェルを塗ってくれるのですが、それがひんやりとしているため、冬は施術後に外に出ると少し寒かったです。

1年ほど続け、ワキの毛自体は全くなくなるわけでなありませんが、
自己処理の回数がかなり減るほど薄くなりました。
施術および、金額に関してはミュゼプラチナムは文句なしです。

しかし、ミュゼプラチナムには1つ大きな問題がありました。それが、予約の取りにくさです。

普通に予約を取ろうとすると、3~4か月後でないと予約を取ることができません。
高崎でもこれくらい混むのは本当に珍しいです。
今でこそ脱毛 高崎では有名店が他にもいろいろありますが、この時はまだ多くはなくミュゼに脱毛希望者が集中していたような時です。

普通、3~4か月後の予定などそうそうにたてられるわけがありません。

しかし、1つ確実ではないですが、簡単に予約を取る方法がありました。
それは、直近のキャンセルを狙うのです。

自身の予定の空いている日の前日に翌日の予約状況を見てみると、ぽつぽつとですが予約の空いている時間帯があるのです。
その時間帯を狙って私は予約を取っていました。

永久脱毛でひとまずのゴールを見る・・・

光脱毛ではまた生えてしまう、という現実を直視し、
調べてみるとどうやら私と同じ不満を抱えている女性が多いようだ、ということを知ります。

脱毛サロンはどうしても効果に限界があり、
もともと毛が濃い女性の場合は毛が減るまで時間がかかったり、
減ってもまたすぐに生えてくることがざらにあるそうです。

これではワキ以外の部位はやってもしょうがないな・・・と思ったのと同時に、
何としても皮膚科での医療レーザー脱毛をし、永久脱毛を完了させたいと思うようになりました。

が、田舎にはいい医療皮膚科はありませんので、
都心に出てから永久脱毛をを受けにいこうと心に決めていたんです。
効果の薄い光脱毛は取りあえず休みにしよう、急がば回れだ、と。

そしてその数年後、東京に住むことができ、
区内ではありませんが比較的大きな町田に移住してきたんです。
横浜からも近いですし、ここで永久脱毛しなければもう一生しないな!と思い早速美容皮膚科に申込み。

大手の湘南美容外科クリニックが町田にあったため、
そこでの医療レーザー脱毛となりました。
永久脱毛 町田ではやはりここが一番有名でしたし、横浜に出たとしても同じだったと思います。

でこの選択は正解でした。
医療脱毛は施術の度に痛みが走りますが、それでも剛毛からの解放を考えるとこれくらいは耐えられました。
昔からのコンプレックスに対する敵対心はホントに凄いパワーを発揮しますね(笑)

全身ではありませんが目立つところはキレイにツルツルになり、
今でも堂々と肌を出す服を着れますし、面倒な自分でのムダ毛処理の機会もまずない状態です。